逃げたのはダチョウか、人間か?
◆朝日「声」欄ボツ原稿をここに、恥をしのんで掲載します。
「逃げたのはダチョウか、人間か」
私は福島県大熊町に、かろうじて生き永らえているダチョウです。
貴紙二十日夕刊の大見出し『ダチョウを捕まえろ』には驚かされました。原発警戒区域内の園から逃げ出して野生化した私たちが、住民から「一時帰宅したときなどに怖い」と苦情が出ているので「お縄」にするんだそうですね。「お縄」、刑務所から脱走した受刑者みたいに見られているわけですか。
冗談じゃない。<少しの餌で大きく育つダチョウのように、少しのウランで大きな電力を得られる原発>のキャッチフレーズで私たちを利用しながら、さらにはカレーの具にしたりタタキにまでして儲けていたのはどなたですか? いざ爆発となると、薄情にも私たちを置き去りにして自分たちだけ逃げてしまった。残された私たちの多くは飢餓の断末魔となって死んでゆきました。なんとか生き残っている仲間は、死の町と化した双葉郡を餌を求めてさ迷い歩くしかなかったのです。今になってダチョウが怖いからと悪者にして「お縄」にしようなんて、あんまりだと思います。もっと愛情をもって保護してくださいませんか。
逃げ出したのは私たちダチョウではなく、あなたたち人間だということだけはっきりさせてください。
ついでながら、反原発の象徴としてダチョウの顔を使っていただけると嬉しいです。
О氏・さいたまの葱畑。
◆佐美雄風の歌がどんどん生まれる。
雪を残してもうさばさばの青い空お嬢さんがたのブーツが光る
知らず知らずひろがってゆく毒なれば気づくころにはもはや手遅れ
あのような人らにこの世を任すのか木偶の節穴に冷たいまなこ
私などどうでもいいから声のするあっちに行ってみてやってくれ
あさなさな髭剃るたんび見る貌(かお)がどんな貌だか思い出せない
ばからしと思ったら終わりかんたんにことが運ぶと思う方が甘い
好きにしな、と投げやるもよし誰も誰も同じ考えであるはずがなし
だからほれあれほど言ったでしょうにと嘲られ頭掻いても遅い
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О氏・黄水仙
О氏・蝋梅
陣馬一の尾氏
陣馬雪化粧。
О氏・枯れ葦と冬空。
О氏・くちなしの実。
О氏・蝋梅。
雪上る。さっぱりとした朝の四つ木。
「ヒャーッ、これが雪っつうやつですかい。やけに肉球がキューッとして痺れてきましたわい。ダンナ、もうやめてつかんさい」
「こ、この白くないとこを歩きたいんじゃよ、わしは。どこを踏んでも、ズブズブで冷たかとこばかりやなー」
「あれれ、もうお帰りですかい。せっかくこの雪なるものに慣れてきたっつーのに。わしのこころのようにふかふかの、わしのこころのように純潔なこの雪が、だんだんと好きになってきましたですけん。もう少しばかり遊ばしてくだせーよォ」
これが氷雨ルックでがす。似合うてはおまへんやろ? ガイガー犬ぞな、これは。
きげんようせぇといわはりますが、わいはもう歩きたくはおまへんでー。
なんたって、帰りますでー、奥さんが待っとりますからな。うまいもんをこさえて。
ダンナがご心配なさるけん、ここらでオシッコの実績ば残しときまひょ。これでいいですよなー ?
槍ヶ岳のテッペンで梯子につかまって震えている山ガール。
単独で槍のクラックを登るスカイブルーの男。
おなかがいっぱい。壮吉とくつろぐ。
壮吉があぶなくなってきた。固形物は食べられず、ミルクばかり飲んでいる。時々息をうかがってみる。
手足がやせ細って、間接がグニャッと曲がっている。それでも粗相しないのはさすが。とにかく素直で大人の猫。墨田壮吉の名前負けしない。
О氏・寒椿。
О氏・ペーパーホワイト。
О氏・寒牡丹。なんて美しい !!

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